八千代台駅徒歩1分。どこに行っても良くならない痛みを根本改善。

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院長  髙梨 敏彦(たかなし としひこ)

高梨先生施術歴:11
保有資格:柔道整復師

こんにちは。院長の髙梨敏彦です。
私は1972年11月13日に山形県の長井市で生まれ、同じ県内の川西町という盆地で雪深く、寒暖の差が激しい地域で育ちました。

自宅周辺の雪かき、屋根の雪降ろしは必須事項で、当時は大人に混じって小学校6年生から作業に駆り出されていたものの、まだ子どもでしたので、暇さえあれば雪合戦をしたり、氷の塊であるつららを舐めたりしてよく親に叱られていました。体力には自信があったので、中学で軟式野球、高校で硬式野球を始め、大学でも硬式野球を続けるつもりで、より一層努力するため、現在趣味となっている筋力トレーニングも始めました。

しかし、入学後6月に交通事故に遭い、すねの粉砕骨折、足の甲の脱臼と野球どころではなくなり、普通に動けるかどうかも分からない状態になってしまいました。

事故で仕方ないとはいえ、せっかく未来へのビジョンがあり、頑張ろうとしていた矢先のことだったので、選手としての道を絶たれ、絶望し、しばらく立ち直れませんでした。

その時のリハビリの先生が自分の話をしっかり聞いてくれたり、その上で一緒に歩けるところまで頑張ろうと励ましてくれたおかげで少しずつですが、リハビリに取り組むことができました。

入院5ヶ月で歩けるまで回復しました。本当に嬉しかったのを今でも鮮明に覚えています

選手の道は諦めましたが、運動が好きな気持ちは変わらなかったこと、大怪我をした自分を支えてくれた方のようになることで、運動に携わりながら人に喜んでもらえるということもあり、この業界を目指すことにしました。

自分のような辛い想いをしているような方に、方向性を指し示すことのできるような治療家になることが私の信念です。よろしくお願いします。

 

 

小倉 卓人(おぐら たくと)

小倉 写真施術歴:4年
保有資格:整体師

わかば整骨院の小倉卓人です。1992年2月23日に千葉県成田市で産まれました。家族は父・母・兄・妹の5人家族です。年末年始は母方の実家である新潟にみんなで行ったり子どもの頃から休みの日はよく家族で出かけるなど仲の良い家族です。

小さい頃はよく公園に出かけてはその場にいる子と遊ぶ事が多かったです。趣味はスポーツ観戦や映画鑑賞で、時間のある時はDVDを借りてきて鑑賞をしています。又、ラーメンが好きで美味しいラーメン屋さんがあると多少遠出をして食べに行ったりしています。

私は小学生の頃よりバスケットボールを続けていますが中学の頃、成長痛を起こしました。痛み出したのが新チームに変わった時期だったこともありレギュラーになりたいという思いから痛みに耐えつつ練習を行っていましたが、次第に歩くことも辛くなり練習に参加出来なくなりました。これはまずいと思い整骨院に通い治療を受けるようになりましたが、「練習を休むのが嫌」「試合に出たい」といった思いから無理をして練習し膝を痛め、試合にも出れなくなってしまいました。

その後も膝の治療を続けながらバスケットボールを続け、長引きはしましたが長期間の治療もあり「少し走っただけで痛い」から「ほとんど痛くならない」状態にまで回復しました。当時治療やリハビリでお世話になっていた整骨院の先生の常に全力で治療に取り組む姿に憧れを抱くようになり、自分も同じように怪我をして辛い思いをしている人のサポートをしたいという思いからこの業界を目指すことにしました。

運動をしている患者様に対し、痛みや辛さだけでなく怪我の再発予防をし、患者様に安心して任せていただける治療家を目指していきます。

皆様に笑顔で来てよかった。ありがとうと言っていただけるよう全力を尽くします。よろしくお願いします。

 

 

主任 坂尾 拓紀(さかお ひろき)

DSC04317施術歴:8年
保有資格:鍼灸・按摩マッサージ指圧師・ファスティングマイスター2級・ストレスクリアコーチ

はじめまして、主任の坂尾拓紀です。

私は、平成2年6月9日に八千代市の前田産婦人科 で生まれました。 家族は父・母・妹と私の4人家族です。 父が転勤族だったので、静岡・栃木・愛知と転々と して、今では母の地元であるこの八千代市に落ち着いています。

愛知県に住んでいる頃、私は熱心な中日ファンだったこともあり、よく友人と一緒にナゴヤドームに野球を見に行っていました。特に福留選手に憧れ、将来は「いつかナゴヤドームで福留選手と野球がしたい!」と思い、小学生の頃から本格的に野球を始めました。

中学2年生の時、野球の練習中にボールを飛びついて捕球しようとした瞬間、ビリっとした強い痛みが腰に走りました。しばらく痛くて動けずその後もあまりに痛かったので、病院に行ったところ2週間ドクターストップを受けました。 新チームのレギュラー争いで頑張っていた時の怪我だったので、悔しさと不安から涙を流して病院から自宅に戻ったのを今でも鮮明に覚えています。その後は、痛みに対する不安から運動するのが怖くなり、高校1年の夏で野球をやめてしまいました

進路をどうしようか悩んでいた時、たまたまテレビで中日のコンディショニングコーチの特集をやっていて、番組中にそのコーチの言った「怪我をしたら楽しくない」その言葉が自分の中で1番印象に残り、「ああそうか、怪我を防げれば自分のような途中で夢を諦めるつまらない思いをする人を少なくすることができるんだ」という答えに行き着き、この業界を目指すことにしました。 勉強は苦手ですがそのコーチのようになりたいという気持ちが、自分を頑張らせて くれました。

運動をしている患者様から「痛くて走れなかったのに走れるようになった」「思いっきり体を動かすのが怖く無くなった」と笑顔で言っていただけた時、本当にこの仕事に就いてよかったと思いました。

痛みがある為にやりたいことを我慢しなければならない。そんなお悩みを抱えている方を一人でも多く助けられるよう全力でサポートさせていただきます。宜しくお願いします。

 

 

鈴木 崇史(すずき たかふみ)

IMG_5093施術歴:7年
保有資格:鍼灸・按摩マッサージ指圧師・柔道整復師

こんにちは、鈴木崇史です。

私は1985年2月22日、神奈川県横浜市に生まれました。誕生日の日は、にゃんにゃんにゃんの語呂合わせで猫の日になります。そのせいか猫が大好きです!休みの日は家の近くの野良猫たちに癒されています笑

大学時代はアーチェリー部に所属しており、当時の先輩から「大学からアーチェリーを始めて、オリンピックに行った人もいる」ということを聞き、自分もオリンピックに出てみたい!という気持ちから1日8時間くらい練習をしているときもありました。

そんな日々を続けていたせいか、あるとき左肩に痛みが出始めました。最初は違和感程度だったので放っておけば治るだろうと考えていたのですが、日が経つにつれ痛みがどんどん強くなり、最終的に腕を挙げられなくなってしまいました。さすがにこれはまずいと思い、実家の近くにある接骨院に駆け込み診てもらったのですが、最低でも半年間はかかると言われました。それを聞いた当時の私は相当落ち込みましたが、接骨院の先生は私が一日でも早くアーチェリーができるようになるにはどうすればよいかを一緒に考えてくれました。

私の体がどうなっているのかしっかり説明してくれて、早く治るためにはどんな治療をしていくか、家でやってくるストレッチは何をすればよいか、腕が挙がらない間のトレーニングの方法など詳しく教えてくれました。

結局、肩が完治するまでに約1年かかってしまいましたが、アーチェリーを辞めることなく4年間続けられたのは、先生が私を支え続けてくれたおかげです。このときから、私も先生のように体のことで苦しんでいる人の支えになりたいと考え、この業界に飛び込むキッカケになりました。

治療家になってからの6年間、様々な知識や手技を習得してきました。そのおかげで今では、痛みやしびれだけではなく、自律神経系(体の重だるさ、頭痛、耳鳴り、めまい、便秘など)の症状も治せるようになってきました。

不安から開放されて、好きなことをできるようになった!と報告される皆様の笑顔をみると治療家になって本当に良かったと思います。これからも皆様の笑顔が見られるようしっかりサポートしていきますので、気になることは何でも相談してください!!よろしくお願いします。

 

 

日野原 嘉之(ひのはら よしゆき)

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施術歴:2
保有資格:整体師

わかば整骨院の日野原嘉之です。

私は1982年2月16日に、千葉県千葉市に生まれました。小学生の頃にJリーグ開幕に影響されサッカー部に所属していましたが、中学高校と部活動には入らずにアルバイトと遊びに明け暮れていました。スポーツカーが好きで、RX-7、80スープラと乗り継いできまして目的無くドライブするのが趣味でしたが、当時の愛車が大破したのを機に終了し、現在は音楽鑑賞が趣味となっております。

好きな音楽はヘヴィメタル、クラシック、90年代アニソンと少々偏りがありますが、オススメされたものはジャンルを問わず聴いています。

私は過去に家電量販店の販売員、下水処理場の現場維持管理、タイヤショップのピットサービス、特別養護老人ホームで介護士など、すべて異業種の仕事を行ってきました。

整体師を目指したキッカケは、前職のタイヤショップで働いていた時でした。

主にトラックやバスなどの大型車両、クレーン車などの重機用タイヤなどを扱っており、大型車両はタイヤのみの重量は50kg前後、ホイールと合わせて100kg程。重機に至っては300kgにもなる重量物と日々格闘しておりました。

当時先輩方は慢性的な腰痛持ちで、仕事中は常にコルセットを装着しており、私ももれなく腰痛持ちの仲間入り。外での体力仕事で、秋から冬にかけてスタッドレスタイヤへの交換が最大の繁忙期となり、ここで腰痛になる人が多く私も辛い思いをしました。

このような経験をする中で、先輩方みたいな身体の不調を感じる人を治せるようになれたらいいなと思い、スクールに通いながら介護の仕事をし、要介護の年配者と接する様になり健康の大事さや五体満足に生きていられる幸せを感じるようになりました。そしてただ漠然と身体の不調を治していきたいという思いが、健康に生きられることをトータルでサポート出来るようになりたいと明確になりました。

わかば整骨院でお世話になり、他の先生方からしっかり技術知識を得て、お客様に還元いたします。

遅咲きの整体師ではございますが皆様の身体を全力でサポート致しますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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